Category * 気になるラベルへどうぞ

[ ABOUT ] (1) [ ESSAY ] (30) [ ITEM ] (17) [ NOTES ] (35) [ PHOTO ] (62) [ PICK UP ] (40) [ VIDEO ] (6) [ とり食堂 ] (35) 1984 (2) Acting (6) Art (16) Bags (6) Band (1) Beastie Boys (3) Birthday (5) Black (11) Blue (16) Book (12) Bread (2) Brown (6) Cinema (13) Coffee (2) Colorful (15) Comedy (2) Dance (1) Dayoff (24) Death (5) Dinner (16) DIY (6) Dream (8) F (2) Family (21) Fashion (29) Flower (9) Food (7) Friends (19) Fruits (4) Gold (4) Green (19) Grey (1) Holiday (2) Home (16) Japanese (2) Jewellery (3) Kids (7) Library (1) LiveShow (2) Love (20) LudwigWittgenstein (1) Lunch (9) Morning (5) Music (31) Navy (1) New Year (2) New York (5) Night (18) O (7) Orange (3) Pants (2) Park (3) Pink (15) Poetry (1) Purple (2) Quotes (1) Rain (1) Reading (7) Red (18) RIce (15) Salad (3) Sandwich (2) Shoes (4) Shop (1) Skateboarding (9) Skirts (1) Soundcloud (6) Soup (2) Sports (10) Summer (2) Tableware (6) Tea (1) Theater (2) Tops (3) Traditional (5) Tv (1) Video (25) Vynal (2) White (15) Wine (3) Y (9) Yellow (6) 鳥より (4) 弁当 (3)

2011/09/07

ひよこと夜のプラネタリウム

《 ミクロからコスモへ 》

 「プラネタリウムには、行ったことあるかい?」

 夜にたゆたう夢々は、まあ、プラネタリウムのようなものだ。

 ドーム型をした劇場のようなスペースには円形状に座席が配置されていて、大概の場合その座席は、大して高級な座り心地ではないだろう。けれど僕は努めてゆったりと腰掛けるようにしてるよ。心をゆったりさせるように、”つ・と・め・て” ゆったりと座るようにするんだ。できればバッグは持っていないほうがいい。財布や文庫本は上着のポケットか何かに入れるようにして、バッグなんかは家に置いてくるのが一番だ。もしも持ってきてしまったお嬢さんがいれば、自分の座席の足元に入れるように教えてあげる。お尻の後ろに入れるのは禁物だから必ず足元にね。その理由は”音” 、そう、もちろん音だ。もしもお尻の後ろにバッグを置いてご覧なさい。あなたが体勢をなおす度にバッグの中の持ち物が擦れ合う音が鳴ってしまう。プラネタリウムは巨大なスピーカーがあるけれど、問題はそういうことじゃないんだ。あなたが演劇をみている時、映画館にいるとき、轟音の電車内にいるとき、周囲の物音に気がついたことが一度たりともないなら、話しは別だけどね。そう、物音ってものには気配も混じるから、バレてしまうものなんだよ。眠っている誰かをそっと跨いでトイレに行く時、大抵の場合、跨がれた方の人間は気がついているっていう話しと同じ。
 おっと、プラネタリウムの話しだった。バッグの置き場についてだね。とにかく音はたてちゃ駄目なわけだ。音は気がつかれるし、さらにその音によってあなたの周囲に座っている人たちが「わたしはあの人(あなたのことだ)の物音を注意することもできない臆病な人間なんだわ」と自己嫌悪に陥ってしまうからね、それは避けないといけない。慎ましく日々をおくる多くの優しい人たちを困らせてはいけないんだ。たとえそれがプラネタリウムで隣り会わせた他人だったとしてもね。だから注意しなくちゃならない。必ずバッグは座席の足元に置くこと。もしくは、そう、上着のポケットをうまく使うんだ。
 あとは簡単、プラネタリウムを満喫すれば良い。
 その日、その週、最近に、あなたの身に起きた悲喜交々を丁寧になぞるように思い出しながら、鼻から吸った酸素を薄く開いた唇の間からスーと出して、肩の力を抜いていく。脳みそに酸素をおくりながらね。イメージするんだ。渦巻いてブヨブヨした自分の脳みそに酸素が入っていくのをね。
 そしてゆっくりゆっくり、プラネタリウムの座席に心と身体を沈めていく。悲喜交々を反芻しながらね。

 (なぜ、わたしは、あんなことを言ってしまったんだろう)


 はじめは、ぼんやりとしたミクロだと思う。

 物事につきまとう感情というものは、いつだって相対的であることが困難なのだから。だからそれでいいさ。まずはぼやけていても、ミクロな視点であってもいい。むしろ、そのミクロの中に嘘があってはいけない。自分の感情なのだから「わたしにも悪い所があった」なんて自分におべっかを使う必要もないんだ。わかるね?まず何よりも大切なのは、自分がなんのためにそのような行動をして、そのような発言をしたのかを、感情の指先でそっと優しくなぞって確認してあげること。桃の産毛をなぞるように、生まれたてのひよこを撫でるように、赤ちゃんの小指を愛おしむように、そっと自分の感情に触れてあげるんだ。そうやって、道徳や善悪とは無縁の、自分の中の ”ある部分”をつかって、自分の深い所に触れて感情を確かめていけばいい。
 いつしかミクロだった目の前の感情は、一ヶ月、三ヶ月、半年、一年、五年、十年という時間について、前に後ろにうつろっていくんだ。現在をしっかりとらえることで、過去や未来の時間がプラネタリウムの天井から光のシャワーのように降り注いでくる。あとは、もう、身をまかせればいいだけ。わかるだろう?気持ちがいい感覚に身を任せればいいんだ。君の人生に起きた悲喜交々を、宇宙的なスペースの時間感覚に委ねて、たゆたえばいい。

 そして最後に、そのプラネタリウムが、おもちゃのスノードームの中にあったんだって、君は気がつくんだ。



***

 ひんやりとしたこんな夜には、幾千もの夢をみて、たゆたう。

 夢という言葉をつかうのは便宜であって、本当は空想のようなものかもしれない。さらにそのいくつかは空想ではなくて、未来への標識のようなものでもある。あるいは自身のペルソナとの親密な会話でもあるかもしれない。

 誰に公言するでもなく、じっと一人、心の中で幾千もの夢をみてはたゆたう。