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2011/06/07

泣いたりなんだり

 好きだと思う人を、好きだと言うことができないとか、なんとか。

 気がつくとまた夜になっていた。今日もまた、思考ばかりが変化を欲しがり行動は伴わない一日だった。いや、長いこと眠ってしまったから、一日ではなく三分の一日くらいだったかもしれない。
 鬱々とする気持ちから、わたしはいつもなかなか脱出することができない。困ったことに『脱出出来ないこと』を望んでいるようなふしもある。
 こういう時の自分に起きる変化の定番は、音楽が聴けなくなる状態だ。
 音楽は大概において自分の中に流れるリズムを刺激して、高揚感や躍動感、センチメンタルには映画的な演出を加えてくれる。けれど、鬱々が過ぎた時は別だ。わたしの身体には細い管が血管のように通っていて、平時はそこに音楽やら映画やら感性を基盤とした美しいものが色々とチョロチョロ流れているのだが、近頃はその管の”とおり”が悪くなっている。まるで不健康な人間の血液の ように感性がドロドロになっているのだ。

 今日と言う三分の一日は、ほとんどの時間を公園のベンチに座って、鳩を眺めてすごした。
 なぜかその公園にいる鳩は、つがいのように二羽がペアになって行動していて、わたしの周りを始終ウロウロしていた。その鳩は、異常に姿勢が悪い前傾な奴と、異様に姿勢の良い足早な奴のペアだった。鳩にも姿勢が悪いとかあるんだなと思って暫く見ていると、気がつけばその鳩の顔はわたしになっていた。
 姿勢が悪くヨロヨロしている方のわたしの顔した鳩が、姿勢良く足早で堂々としている わたしの顔をした鳩に追いかけ回されていた。それも、本体であるベンチに座ったわたしの足元でだ。
 日も暮れはじめ、肌寒くなってきたので、空想にふけるのをやめて公園をあとにした。

 お腹がすいたような気がしたので、近所のファストフード店に自転車で向かった。
 中学時代の同級生がレジにいないかどうかコッソリ確認し、いないと分かると店に入って注文をした。この店は休日や昼間は客足が途絶えないようだが、平日の夜はお客も少なく閑散としているので居心地が良く、おまけに24時間営業なので、眠れない深夜に訪れることもしばしばだった。
 今夜は幸運なことに、いつも座る窓際の席があいていたので、早速わたしは定位置に座った。店内はほどよく暖かく、公園のベンチに長時間座っていたことで、思った以上にわたしの足首は冷えきっていたのだと気がついた。
 そして冷めないうちに食べなければと思い、早速ハンバーガーの包み紙を丁寧な動作で四方にめくり一口かじったが、その時になって、別段腹はすいていなかったことに気がついた。おまけにファストフードのような脂っこい食べ物など、まったく食べたくなかったようだ。ただ寒さが凌げて読書でも出来るような場所に非難したかっただけ、それだけだったのだ。
 そんなことも分からない自分が、とても残念に思えた。本来650円も、支払わなくてもよいお金だったのだ。しかし、時間と言うものは巻き戻すことができないらしい。
  わたしは食べはじめたばかりのハンバーガーの包み紙を、また丁寧に四方から順に元に戻し、まるで買ったばかりの新しいハンバーガーのように包み直すと、それをプラスチックのトレイに置いた。
 食事をあきらめて、読もうと思って持ってきた新潮文庫の芥川龍之介『杜子春』を開いたが、なぜか読書も進まなくなってしまった。
  わたしが座った席の横には、近所のゴシップを小さい声で囁き合う二人連れの主婦がいて、すこし離れたボックス席には無言で勉強を続ける2人の女学生がいるのが見えた。
  わたしは注文したセットメニューを食べきることができず、本を読むこともできないまま、店を出た。外に出ると街はすっかり夜になっていた。
 帰り道、 わたしの自転車のライトはなぜか付かなくなっていた。「先日の台風の雨で壊れてしまったのかもしれないな」と思った。

 家に帰ってきて、今夜はサッカー日本代表の試合があったことを知った。見逃してしまったと取り残されたような気持ちになったが、どうやら時間と言うものは巻き戻すことができないらしい。
 自室に入り、思い出したように携帯電話のメールを確認すると、姉から連絡がきていた。父の誕生日プレゼントの件だった。姉と2人でお金を出し合って、父にiPadをプレゼントをしようと相談していて、先月のうちに、わたしがプレゼントを用意しておかなければならなかった。けれど、わたしはまだ手配をしていなかった。公園で鳩をみている暇はあったのに、大切な用事は理想通りに進めることができず、今日まで時間が過ぎてしまったのだ。
  わたしは言い逃げるようにメールで姉に謝ると、ひとしきり声を殺して泣いた。悔しさや情けなさが一気に体中を駆け巡っていくようだった。しかし、どうやら時間と言うものは巻き戻すことができないらしい。

 中学生の時は、好きだった男の子に想いを伝えることができないまま卒業を迎えてしまった。今は好きだと思う人のことを好きだと気がつく前に、その人が遠くに行ってしまった。
 今日は鳩を見たり、ハンバーガーが食べたくなかったり、本が読めなくなったり、泣いたりなんだりだ。