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2012/04/27

バッハの赤い手


 手巻きの珈琲ミルを持っている。
 そして割とよく使っている。
 
 焙煎した豆を入れて、ハンドルをガリガリ回していくのが、手巻きタイプのミルの簡単な作業だ。これはとても原始的ではあるのだが、エスプレッソ用から粗挽きまで、好みのとおりに豆を挽く事が出来るし、時にインテリアとしても美しい代物だ。けれどその作業自体はまったく優雅なもんじゃない。
 豆が粉状になるまですり潰すのであるから、ハンドルを回すにはそれなりに力がいる。
 例えばお一人様で考えると、一杯の珈琲のために必要な粉はおよそ大さじ二杯だが、そのためには1分くらいはハンドルを回していなければ必要量には満たない。それがお友達や恋人や、はたまた家族の分と、珈琲ミルのオーナーが用意しなければならないカップの数が増えれば増える程、ハンドルを回す時間も伸びていく。5分も連続で挽けばすっかり息もあがるというものだ。
 手の平はヒリヒリ痛いし、上腕だってヒーヒー痛い。つまるところ、電動ミルの何十倍も時間がかかるのだ。いや、その言葉だけでは言い表せない程度の労力は要するかもしれない。

 ここまで手巻き珈琲ミルの過酷さばかりを列挙してしまったが、豆がある程度潰れてからは意外とハンドルもスムーズに回る。エスプレッソ挽きになると少し話は変わってくるが、通常のペーパーフィルター用であれば、ハンドル回しのスタートダッシュこそあれどその後は悠々だ。  
 手巻き珈琲は、考え事をするのにはぴったりの時間なのである。豆をガリガリ挽く音と、徐々に部屋に広がっていく甘苦い新鮮な香りは、何千年も昔から人間の思考を支えてきたのだろう。


 音楽家のバッハは無類の珈琲好きで、朝昼晩問わず日々10杯も飲んでいたと何かの本で読んだ事がある。日に10杯ならまったくもって充分なカフェイン中毒者だ。
 わたしのイメージの中で、小学校の音楽室に飾ってある厳めしい大作曲家であったヨハン・セバスティアン・バッハ大先生は、カフェイン中毒者という弱みをわたしに握られた日から「きっと加齢臭プンプンで不健康に太ったおっさんだったんだろう」と、だいぶ庶民的なニュアンスを帯びてしまった。今では、写真を見ればニヤついてしまうほどにはバッハに親近感を持ってしまった。

 バッハで思い出すのが有名な一曲『コーヒー・カンタータ』だろう。これも何処かの喫茶店で聴いた。「コーヒーって名前がついているクラシック音楽だなんて面白い」と思っていたわたしが見つけたのが、その喫茶店のCDプレーヤーに立てかけてあったバッハのアルバムだった。そのCDプレイヤーは、まだカセットテープレコーダーが付いているタイプで、その当時でも、ちょっと年代物の機種だった気がする。あれはどこにある喫茶店だったのだろうか。バッハというおっさんの鮮烈で何もかも肝心な所を忘れてしまった。
 けれど初めて聴いたバッハのカンタータ(声楽)はとても美しい音楽だった。たぶん珈琲にまつわる想いや情景を詩的に歌っているのだろうなと想像しながら、その店のブレンドをおかわりした。
 後で調べた所、『コーヒー・カンタータ』には登場人物が2人いて、掛け合い漫才みたいな歌詞だった。
 シュレンドリアンという父親が、宝石よりもドレスよりも何よりも珈琲が好きな自分の娘リースヒェンに対して説教をするのだ。簡単に説明すると、それはたぶんこんな展開だ。


「コーヒーなんて不良な飲み物を、お前ぇみたいな若いおなごが飲むんでねえ!」

「アラ、おとっつぁんってば今時ダサいわ。女がコーヒー飲んだっていいでしょ」
「アタシはコーヒーなくちゃいらんないのよ」
「あの甘い香りは千回のキスよりも素敵。好きで好きでたまらないの」

「そんなゴトいってーと、お前ぇ結婚さでぎねっぺよ」
「そんな娘っこ、この村にゃいね!」

「いやだ…アタシ結婚はしたいわ。素敵なダーリンがほしいの」

「んだば、コーヒーさ飲むのやめれ!この男勝りが!」

「…わかったわ、アタシ…コーヒーやめる…」
「そのかわり素敵なダーリンを連れてきて!絶対よ!」

「オラの気持ちをようやっと わがってくれたかリースヒェンや。」
「そんだば、オラがお前ぇに似合う男衆さ、探してくっぺ。まっとけ!」

「おとっつぁんったら馬鹿ね」
(アタシはまず最初に『毎日コーヒーを飲ませてね♡』ってダーリンに可愛くお願いするわ)


 ソプラノ歌手の澄んだ歌声と伴奏の旋律は優雅で美しいけれど、内容は古典落語みたいだったので、バッハへの親近感は増すばかりだった。

 数々の名曲を書き残したバッハは毎日珈琲を飲んだ。
 バッハの手の平も手巻きミルで赤くなっていたのだろうか。
 わたしの赤い手の平からは、何か生まれるだろうか。

 とりあえず、珈琲が好きでたまらないわたしは、シュレンドリアンのおとっつぁんの娘でなくて良かったと安堵しておこう。


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