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2013/11/12

6年前ニューヨークで


《 SEAT 913 》

NewYork  Central Park  2007
Shakespeare in the Park / ROMEO AND JULIET


 2007年の6月、わたしはニューヨークにいた。訪れるのはその時が2回目だった。
 映像の専門学校生だった頃に初めて訪れて以来、あらゆる刺激に満ちたニューヨークという街が大好きになっていたのだ。それ以来、わたしの憧れの街でもある。
 
 ニューヨークで俳優活動をしている友人たちのアパートに泊まっていたわたしは、ある朝、彼らに誘われて、マンハッタンにあるダウンタウンのイーストヴィレッジという地区に向かった。無料観覧できる演劇イベントに行こうと誘われていたのだ。
 そして、それがわたしが初めて観たシェイクスピア劇となった。

 6年前のあの日、早朝にもかかわらず、イーストヴィレッジにある整理券カウンターの前はすでに長蛇の列ができていた。
 立ったまま待っている人が一人もいないのは、とてもアメリカらしい光景だったと思う。もしかしたら前日の夜から泊まり込んでいる人もいたのだろうか。都会のど真ん中だと言うのに、キャンプ用チェアに座って優雅にコーヒーを飲んで寛いでいる年配女性がいたり、使い古した自分のバックパックの上に座っている学生らしき青年、家から持ち出したベッドのマットレスの上に寝そべっている大胆な若い男女もいた。
 チケット代がいらない無料公演だからかもしれないが、ニューヨーク市役所の古い建物の周りをぐるりと取り囲むように、熱心な演劇ファンたちが整理券の配布開始の時刻を待っていたのだ。
 そしてわたしと友人たちも、あの日の朝、地元の人々に混ざるようなかたちでコンクリートの歩道に車座になって座り込み、お尻の下にNewYorkTimes敷いて、何時間も他愛もないおしゃべりに興じながら整理券の配布を待っていた。

 しかし、あの時一緒にいた友人たちとは、いったい何の話しをしていたんだろう。どうしても思い出せないでいる。一人はすでに活躍中の舞台の演出家で、もう一人はニューヨークで活動している舞台役者だった。そしてもう一人はその時わたしと同じように日本からニューヨークに遊びにきている俳優の青年T.Uだった。この俳優青年のT.Uさんとは滞在中のルームメイトでもあった。彼の名前をここで出してしまいたい所だが、本人が喜んでくれるか分からないのでやめておこう。しかし、現在では有名な日本映画やドラマ、CMなどでも観ることができる俳優さんになってきた。連絡を取り合うような仲ではなくなってしまったが、2007年のニューヨークで出逢って以来、わたしはこの素晴らしい俳優さんのことを影ながら応援し続けている。

 朝のニューヨーク市内はスターバックスコーヒーを片手に、足早に会社に通勤するスーツの人々ばかりだった。けれどわたしと友人たちは、ビジネスマンと同じスターバックスコーヒーを飲みながら、ジーンズ姿で、シェイクスピアの為に、街のコンクリート歩道に座っておしゃべりに興じていた。
 わたしはあの時23歳だったのだ。お金もまともな仕事もなかったし、恋人もいなかった。
 けれど、あの朝はとても自由だったと思う。あれこそが、自由だったのだと思う。

 その夜、わたしはシェイクスピア劇を初めて観た。
 セントラルパークにある野外演劇場で日暮れ頃に始まった芝居は、物語が進むうちに夜にむかっていった。室内の演劇と違って、昼の明るい太陽や、日没の物悲しい夕陽、そして夕陽とのグラデーションを経て太陽の明かりを飲み込んでいく夜の到来と、自然そのものが舞台を演出する装置のようだったのだ。
 それまで、時間の経過をここまで印象的に演出した芸術作品にわたしは出逢ったことがなかったと、その時に気がついた。
 自然によってつくりだされる舞台演出はとても壮大で、役者たちの芝居と呼吸を合わせるかのように、ふとした時に客席に風が吹き、セントラルパークに生きる鳥や虫たちの鳴き声が臨場感をもたらしていた。
 そして野外演劇上の遠い背景には、ライトが灯ったニューヨーク中心部の現代的な高層ビルが見えた。わたしたち観客の目の前では、中世のロマンス悲劇が素晴らしい役者達の名演によって活き活きと演じられているのに、その舞台の背景には2006年現代のニューヨークの姿があったのだ。
 目の前にある中世と背景にある現代という不思議なギャップは、本来的な史実を入れ替えてしまったかのようだった。しかし、それこそが演劇体験がくれる最大のマジックなのだとわたしは思う。
 本来、目の前で繰り広げられる演劇は、真実ではない。それは人々が舞台の上で作り出す、いわば嘘と虚構の世界だ。けれどわたしたち観客は、その虚構の世界に夢をみて魅了され、その世界の住人達の声があたかも肉声であるかのように真剣に耳を傾けている。
 演劇体験のマジックとは、人間がもつイマジネーションの証明でしかないのだ。

 過去と現在。ロミオとジュリエット。ニューヨークやセントラルパーク。人間や想像性。
 わたしは初めて体験したシェイクスピア劇に、身体中がしびれてしまったような気分だった。あの日、あの時、あの場所にいられたという臨場感が、ニューヨークでの大冒険とその感動を何倍にも膨らませてしまったのだと思う。さらに、ロミオとジュリエットの悲劇に心を打たれながら、長い年月を経ても尚、世界中の人々の心を打ちイマジネーションをかきたてるシェイクスピアの物語の偉大さを痛感してもいた。
 そしてあまりの感動で、感情の整理がつかなないまま、幕は下りた。その瞬間も、わたしはただぼんやりとしていたような気がする。
 

 2013年現在の話しをしよう。これを書いている今日の話だ。
 今日は休みだったので、部屋の模様替えやら掃除をすることにした。最近は仕事の引き継ぎや繁忙期などが重なり、自分の住まいに目を向けることが出来ないままでいた。
 模様替えの最中、2007年にニューヨークに行った頃の思い出の品々が出てきたのだ。レストランのショップカードやブロードウェイのPLAYBILLをめくりながら、数年前の旅を懐かしんでいた。
 そして思い出の品々の中から、芝居のチケットが一枚ひらりと落ちてきた。それが、写真に載せ、こうして思い出を語ったシェイクスピア劇『シェイクスピア・インザパーク/ロミオとジュリエット』のチケットだった。
 
 振り返ってみると、たった6年、されど6年だなと思う。今のわたしは、あの頃のわたしとはもう別人になってしまったのかもしれないと感じるのだ。
 日々の生活にはしがらみも多い。でもそれなりにお金も稼いでいて、それなりに充実しているとも思う。
 6年という歳をとり、23歳の女の子だったわたしも今では29歳になるのだ。

 あの2007年のニューヨークにあった、わたしにとっての自由はどこにいってしまったのか。もう一度、それに触れることはできるのだろうか。